2015年09月23日

小笠原研究年報到着♪


みなさん、こんばんは!
小笠原の宿泊施設になにげなく置いてあるあれ,今年も届きました♪


今年も来ました!小笠原の研究成果


そうです。
首都大学東京小笠原研究委員会から
小笠原研究年報38号
Ogasawara Research No.41

が届きました。

小笠原研究年報とOgasawara Researchについて

東京都は,1968年小笠原諸島返還に伴い,小笠原の自然環境調査を中心に
東京都立大学(当時)の小笠原研究施設を開設しました。
詳細については,首都大学東京における小笠原研究について
ご参照ください。
返還直後,来たるべき沖縄復帰に備え,学術研究について,一般行政と同じく,
できうる限り手厚い措置をしようとしたという話しを聞いたことがあります。


地元でも自然に受け入れられる研究雑誌


小笠原研究年報ならびにOgasawara Researchは,
いわゆる大学の学術機関の発行する雑誌でレベルの高い内容ではありますが,
以前より,島内の宿泊施設のロビーでも,気軽に手に取って読めるように
なっています。

また,小笠原研究者は,長年にわたり,地元住民と密接な関係にあることから,
論文の著者の多くが,島内で顔の見える形で何らかの貢献をしているということも
ユニークなことだと思います。




調査報告・解説
大道金松の官途について(石井良則)pp.1-16
父島における陸水の水文化学特性―特に溶存成分の起源に着目して―(森和紀・大八木英夫・三田明寛)pp.17-30
小笠原諸島における最初のセミの記録はいつか?(大林隆司)pp.31-39
森林生態系保護地域「利用のルール」による、父島のオガサワラノスリ営巣地への保全効果(千葉夕佳)pp.41-49
聟島列島におけるコアホウドリ類の繁殖状況(堀越和夫・鈴木創・千葉勇人)pp.51-64
小笠原諸島固有種オガサワラボチョウジの保全について(2)(須貝杏子・渡邊謙太・向哲嗣・加藤英寿・菅原敬)pp.65-73
ノヤギ駆除後の媒島の草地植生の地上部バイオマス-土壌の化学特性-環境要因との関係(畑憲治・郡麻里・森田沙綾香・平舘俊太郎・可知直毅)pp.75-85

研究ノート
小笠原諸島海域初記録のエクレアナマコHolothuria (Halodeima) nigralutea (楯手目: クロナマコ科)(成瀬貫・藤田喜久・佐々木哲朗・山田鉄也)pp.87-90
父島におけるバンGallinula chrolopusの繁殖記録(千葉勇人 ・大好健二・鈴木創・鈴木直子)pp.91-96
オガサワラボチョウジにおける花序あたりの花数は列島間で異なる(渡邊謙太・須貝杏子・向哲嗣・加藤英寿・菅原敬)pp.97-101
母島列島の姉島南鳥島と妹島鳥島における海鳥類の営巣数の年変動(川口大朗・向哲嗣・勝部五葉)pp.103-107
 
年次報告と資料
2014年度の研究体制 p.109
2014年度小笠原研究費会計報告 p.110
平成26年度小笠原研究施設利用者一覧 pp.111-117
平成26年度小笠原研究施設等月別利用状況 p.118
小笠原研究施設の利用について p.119
「小笠原研究年報」と「Ogasawara Research」について p.120
首都大学東京小笠原研究施設使用要綱 pp.125-126




No. 41(2015)
小笠原諸島におけるオガサワラオオコウモリの食性 鈴木 創, 鈴木直子 pp.1-11 Food habits of the Bonin flying foxes, Pteropus pselaphon Layard 1829, in the Ogasawara (Bonin) Islands, Japan Hajime SUZUKI & Naoko SUZUKI
小笠原諸島兄島および父島の海産魚類相 佐々木哲朗, 瀬能 宏, 山田鉄也, 内野啓道 pp.13-39 Marine fish fauna in Ani-jima and Chichi-jima islands, the Ogasawara (Bonin) Islands, Japan Tetsuro SASAKI, Hiroshi SENOU, Tetsuya YAMADA & Keido UCHINO
小笠原諸島兄島および父島の軟体動物相の現況 佐々木哲朗, 立川浩之, 向 哲嗣, 栗原達郎 pp.41-73 The current distribution of marine and freshwater molluscs in Ani-jima and Chichi-jima islands, the Ogasawara (Bonin) Islands, Japan Tetsuro SASAKI, Hiroyuki TACHIKAWA, Akitsugu MUKAI & Tatsuro KURIHARA

  


Posted by bonin at 23:25Comments(0)小笠原資料

2014年10月16日

おが丸船内事故調査報告書に学ぶ


おがさわら丸船内事故に学ぶ

2014年台風19号の影響下で運航された14日父島発東京行きの
航海も大変厳しく辛いものであったことと思います。

さて、2010年台風12号の近づく中、おがさわら丸船内でけが人の出る
事故が発生、けが人は三宅島付近で海猿のみなさんに救助された
ことは小笠原関係者の記憶に新しいところです。

おがさわら丸で急患救援 リアル海猿活躍をUst&twitter中継

動画・船内の様子(おがさわら丸を台風12号が直撃!)

この事故に関し,国土交通省運輸安全委員会は,船舶事故調査報告書を
2011年04月22日に公表しています。

貨客船おがさわら丸旅客負傷事故
2010年09月25日
東京都八丈町八丈島南南東方沖
八丈島灯台から真方位154°55海里(M)付近で発生







調査の結果を見ますと,相当のローリング,ピッチングの中,早朝に用便を
済ませた乗客が転倒し,受傷したようです。
おが丸に慣れた皆さんならお分かりでしょうが,先に引用した動画のとおり,
無重力状態が起きたりしていた中,スリッパで歩いていたことも怪我の原因で
あったかもしれません。
世界遺産登録ののち,慣れない乗客が増えています。

ぜひ注意していただきたいものです。  

Posted by bonin at 04:22Comments(0)小笠原資料

2013年12月10日

ご署名原本の訂正


天皇が署名(=御名)し、押印(=御璽)した、いわゆる「ご署名原本」。
戦前は、神聖不可侵な天皇ゆえ、その書面に訂正を加えることは、
あってはならないはずです。
上の画像は、玉音放送のご署名原本です。
探検バクモンでも取り上げられたとおり、2箇所にわたって訂正が施されています。
5行目…「必すしも好転せす」
6行目…字句を挿入
玉音放送の修正は、終戦のどさくさの中で行われたとのことです。

ご参考に、白黒で全体をご紹介します。




(いずれも、国立公文書館デジタルアーカイブより)

紙のみぞ知るニッポン(放送:2013年5月8日/再放送:2013年5月11日)
(アンコール放送:2013年12月4日/再放送:2013年12月7日)

しかし、そのずっと前にも訂正したご署名原本がありました。

下の画像は、
件名標題(日本語) 御署名原本
昭和十五年・勅令第二三九号
東京府管下小笠原島中硫黄島ニ村ノ名称ヲ附スルノ件


2枚目の本文中、村の字が修正されています。
こんな短い書面なら、打ち直せばよいのにと思ってしまいましたが、よほどのことがあったのでしょうか??

「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A03022463900、御署名原本・昭和十五年・勅令第二三九号・東京府管下小笠原島中硫黄島ニ村ノ名称ヲ附スルノ件(国立公文書館)」  

Posted by bonin at 03:28Comments(0)小笠原資料

2013年11月07日

小笠原語の教科書いよいよ登場


小笠原語の教科書いよいよ登場!

沖縄語の入門(CD付改訂版)《CDエクスプレス》アイヌ語など日本で消滅しつつある少数言語の教科書を
意欲的に刊行する白水社がとうとう小笠原語の教科書を出しました。

と言っても、使用者が極めて少なく、まだまだ研究途上であることから、
日本語の隣人たちⅡ
という日本に境界を接する(戦前接していた)地域で使われている8言語の
入門書となっています。

画像は、そのサンプルです。

教科書に出てくる会話は、Kinky(キンキー)とIrene(アイリーン)の会話です。
二人とも、おが丸に乗ったら、Bデッキの椅子に座って島民としゃべってる
かもしれないですよ♪  

Posted by bonin at 05:00Comments(0)小笠原資料

2013年10月26日

台風情報と沖ノ鳥島ツアー中止の件


Typhoon 26W (Francisco) Warning #39 (Issued at 25/1500Z)


Typhoon 28W (Lekima) Warning #21 (Issued at 25/1500Z)

台風26号(Francisco)とその動きを干渉する台風28号 (Lekima) の動きは,
ご覧のとおり本州からそれましたが、伊豆・八丈・小笠原は大荒れの天気が続いています。

上図は、米軍の最新の気象情報です。
日本気象庁の予報と合わせてご覧いただけると幸いです。

このような中、小笠原関係者・国境地域研究者にとって注目の
沖ノ鳥島村民見学会が中止となりました。

※中止 2013/10/25 【おがさわら丸】沖ノ鳥島ツアー3日間 父島発着※小笠原村民のみ
これは、小笠原返還45周年記念事業として、
村民向けに沖ノ鳥島見学会が企画されました。


国境離島を抱える地方自治体が納税者である住民に対し、
その地域を知る機会を提供することは大変有意義で素晴らしいこと
だと考えます。
今回は、荒天欠航となりましたが、次回に期待しましょう♪  

Posted by bonin at 02:04Comments(0)小笠原資料

2012年12月14日

エトピリカ文庫小笠原母島(仮称)の開設にむけて


エトピリカ文庫小笠原母島の開設にむけて(おしらせ)

北大グローバルCOEプログラム「境界研究の拠点形成」をサポートする私たち研究者は、日本の国境隣接自治体の図書館へのエトピリカ文庫設置を支援したいと考えています。文庫は日本や世界の様々な境界研究にかかわる図書や文献などを集め、国境隣接地域に暮らす市民のみなさんに資料を提供することを目的としますが、同時にこれを国境地域にかかわる情報を広く共有できるネットワークとして育てていきたいと考えています。
 昨年開設されたエトピリカ文庫与那国に引き続き、母島(小笠原(仮称))での文庫開設を目指しています。

 将来的には、石垣、稚内をほか日本中の境界地域にこれを増やしていくことを考えています。
 エトピリカ文庫母島(小笠原(仮称))の今後の運営のために,寄附を募ることを予定していますので,志ある皆様にご協力をお願いする次第です。

根室市役所 [ 【領土対策】エトピリカ文庫 ]
この文庫は、北方領土問題や国境問題などの幅広い分野の資料を整備することで、北方領土問題の基礎的知識の習得や領土問題の啓発などに質することを目的として、皆様からの寄付を受け設置しています。
今後とも、広く皆様にご活用いただき、愛される文庫を目指してまいります。

エトピリカ文庫とは

2011年05月02日エトピリカ文庫与那国の開設にむけて寄付のお願い




  

Posted by bonin at 22:06Comments(0)小笠原資料

2012年01月15日

地球の歩き方「小笠原」


小笠原情報で大切なガイドブックのご紹介を忘れていました。
地球の歩き方シリーズで小笠原のガイドが刊行されました。

ガイド・ニッポンの世界遺産 小笠原 父島&母島 地球の歩き方 BOOKS

更新・訂正情報 地球の歩き方編集室
価格(税込):¥ 1,680
発行年月: 2011年7月 取り扱い可能
判型/造本:
頁数:128
ISBN:978-4-478-04167-3

初めて旅をする人にはお勧めです。  

Posted by bonin at 22:13Comments(0)小笠原資料

2011年12月12日

パラオの最近の「夜明け前」


小笠原の南洋踊りに「夜明け前」という曲があります。
パラオでも「Yoake Mae」という曲が残っていることは,小笠原の南洋踊り保存会のHPでも紹介されています。

南洋踊り歌集(南洋踊り保存会)

パラオの夜明け前の歌詞(小笠原古謡プラスアルファ)

最近は,さらに編曲され,若者にも親しまれており,パラオにいるとFM放送でもしばしば放送されます。
それがこの曲です ↓



Yoakemae Sizuka - Artist Unknown

出所はこちら ↓
KC's Webpage(keizyshiro さんのチャンネル)

動画を投稿されたkeizyshiroさんは,アメリカで従軍するパラオ国民のために音楽を集めたとのことですが,パラオでおなじみの音楽が多数収録されています。
パラオで生まれた日本の歌もたくさん収録されているので,おってご紹介したいと思います。

ちなみに,小笠原の南洋踊りは↓

Performance of Ogasawara Islands "Nanyo Odori" (Japan)  

Posted by bonin at 03:13Comments(0)小笠原資料

2011年12月10日

小笠原を学びましょう


東京と名古屋で小笠原をテーマに,市民向け公開講座が始まります!

東京・「早稲田大学エクステンションセンター」のオープンカレッジで開講

美しき孤高の島「小笠原」を学問する-離島へのいざない-
■目標
2011年6月に世界自然遺産への登録が決定した小笠原諸島。本講座では、まだ知られていない小笠原の様々な表情と魅力について、観光・歴史・言語・自然・社会の多角的側面から総合的に学習することを目的とします。

■講義概要
本講座はオムニバス形式で、観光、歴史学、言語学、自然科学、社会学、それぞれの専門家が、現地での調査等に基づいて得たことをもとに、小笠原という場所の特性と魅力について紹介・解説します。

■各回の講義予定

【1】1/7 小笠原ことはじめ~世界遺産・小笠原の魅力と観光における今後の展望~
根岸康弘 小笠原村観光局主任
2011年6月に世界自然遺産に登録され、一躍脚光を浴びている小笠原諸島。しかし、観光地としての存在は未だよく知られていません。今講座では、観光地としての小笠原をご紹介すると共に、その魅力について解説します。

【2】1/14 小笠原諸島の歴史的経験から現在を考える
石原 俊 明治学院大学准教授
ユネスコ世界自然遺産への登録が話題になった昨今でさえ、小笠原諸島で生きた人びとが近代世界のなかでたどってきた社会史的経験はあまり知られていない。小笠原諸島に最初の定住者が現れてから現在までの約180年は、その住民が日本や米国などの国家によって翻弄され続けた歴史であった。この講義では、小笠原諸島の激動の歴史を駆け足でたどることによって、現在の日本国家のなかで生きる人すべてが、この群島の近代経験を無視できない位置にいることを知っていただきたいと思う。
参考図書
「科学 2011年8月号」(岩波書店)

【3】1/21 言語から探る小笠原文化のルーツ
ダニエル・ロング 首都大学東京教授
19世紀前半の小笠原諸島には英語やポルトガル語、ハワイ語、チャモロ語など多数の言語が話されていた多言語社会ができた。これらの接触によって小笠原独特な英語が発展した。40年後に八丈島をはじめ、日本各地から入植が入り、言語状況がさらに複雑になった。本講座で小笠原文化のルーツを言語の観点から探る。
参考図書
ダニエル ロング 稲葉 慎「小笠原ハンドブック」(南方新社)

【4】1/28 小笠原の自然環境とその保全
可知直毅 首都大学東京教授
小笠原の自然のうち何が普遍的な価値があるとして小笠原諸島が世界自然遺産に登録されたのかを、登録までのみちのりとともに紹介します。海洋島である小笠原の自然を保全するための最大の課題は外来種問題です。地元住民、行政機関、研究者が連携して取り組んでいる外来種対策について、スライドを使ってわかりやすく解説します。
参考図書
「科学 2011年8月号」(岩波書店)

【5】2/4 境界地域としての小笠原
佐藤由紀 日本島嶼学会理事
小笠原はひとつの自治体で我が国の排他的経済水域(EEZ)の三分の一を管轄する重要な国境の離島であり、歴史的にも、日本と周辺地域との「境界」として役割を果たしてきました。しかし、住んでいる人も含め、小笠原が国境に隣接する地域であるという意識は希薄です。ここでは、現地でのアンケート調査の結果をもとに、住んでいる人の目線から小笠原という場所のありようにアプローチし、国境意識が希薄である理由について、小笠原の地域的特性と境界的特性から考えます。


名古屋・栄中日文化センターで開催

講座名 「青い海と不思議の森」世界自然遺産・小笠原諸島の魅力
曜日・時間 第4土曜日 昼 1:00~2:30
会場 栄中日文化センター  (名古屋市中区栄4-1-1 中日ビル4階)
講師 ネイチャーライター 有川 美紀子
講座内容 2011年6月、日本で4番目の世界自然遺産に登録された小笠原諸島。そこにはどんな自然があり、どのような生物が暮らしているのか。海・山にはどんな魅力があるのか。島にいるようなリアルな情報を3回にわたりお伝えします。1月から始まる3ヵ月講座です。
  

Posted by bonin at 23:35Comments(0)小笠原資料

2011年10月12日

小笠原ドキュメンタリー映画公開上映会(10/16午後)


小笠原諸島世界自然遺産登録記念小笠原ドキュメンタリー映画公開上映会

首都大学東京は、小笠原の自然と社会について40 年以上研究を続けています。2011年6月に小笠原諸島が日本で4番目の世界自然遺産に登録されたのを記念して、小笠原の社会と文化に関するドキュメンタリー映画を無料公開上映いたします。

入場無料:学内外のどなたでも参加できます

【日時】10月16日(日)13:30〜16:00
【会場】首都大学東京南大沢キャンパス1号館120番教室
【交通】京王相模原線南大沢駅下車 徒歩3分
【主催】首都大学東京小笠原研究委員会

【プログラム】
13:30 開会挨拶 ダニエルロング(人文科学研究科教授)
13:40 映画『心は丸木舟に』について 今村圭介(人文科学研究科博士課程)
13:50 小笠原ドキュメンタリー映画『心は丸木舟に』(那須太郎監督)
14:40 休憩
15:00 記録映画『The Navy Generation(日本語字幕版)』(室谷雅彦監督)
15:40 舞台挨拶と質疑 室谷雅彦(首都大学東京客員研究員)
16:00 閉会挨拶 可知直毅(小笠原研究委員長)

【問合せ】小笠原研究委員会 
mailto:island@tmu.ac.jp
tel:042-677-2584

     

  

Posted by bonin at 01:44Comments(0)小笠原資料

2011年08月18日

1947年母島@国土変遷アーカイブ空中写真閲覧システム

国土地理院の国土変遷アーカイブ空中写真閲覧システムというインターネットサービスがあります。
わが国の国土の歴史的変遷を無料で見ることができます。
原爆に遭った広島や酷い空爆を受けた錦糸町駅周辺など,その惨禍が迫ってきて
息をのむものもあります。
小笠原諸島の航空写真をつぶさに見ていて面白いことに気づきました。

母島と西之島については,米軍の撮影した1947年の航空写真が公開されています。

父島列島は,古いもので1968年です
例1・1968年12月20日国土地理院撮影の父島大村周辺

西ノ島の場合
例2・1947年6月30日米軍撮影の西ノ島
例3・1978年11月9日国土地理院撮影の西ノ島(西ノ島新島がよく分かる)

母島の場合は,1947年撮影の写真が46件公開されています。
例4・1947年6月29日米軍撮影の沖港周辺
例5・1947年6月29日米軍撮影の北港および東港周辺

強制疎開,そして住民が住めなくなって2年が経過した母島の写真をつぶさに見ますと,
食糧確保のために至る所を耕作していたことがよく分かります。
戦前戦中の生活が偲べる実に貴重な資料であるとともに,帰島を願った村民の気持ちの
一端に触れた思いがしました。

参考:火山列島…北硫黄島は1976年以降,硫黄島は1968年以降,南硫黄島は1976年以降などとなっています。

8月19日(金)の9時~17時及び8月21日(日)の13時~17時の間で、電子国土Webシステム(オープンソース版)のサーバのメンテンナンスを実施致します。とのことです。  

Posted by bonin at 07:00Comments(0)小笠原資料

2011年07月23日

岩波『科学』小笠原特集号26日発売!

岩波書店の雑誌『科学』8月号(7月26日出荷)は,世界遺産の小笠原研究大特集です。
私も「法制度からみた日本の離島と小笠原諸島」というテーマで執筆いたしました。
下記の目次をご覧下さい。
小笠原研究者がガッチリ取り組んだって感じですよね。

特集
島に生きる――世界遺産の小笠原から日本へ

小笠原諸島の過去・現在・未来……可知直毅
小笠原諸島の近代経験と日本……石原俊
進化の華麗な舞台、海洋島──小笠原の陸貝を中心に……千葉聡
島嶼生物地理学の展開:島の生物相の起源……杉浦真治
海洋から島弧へ:小笠原諸島はどのようにして生まれたか……海野進・金山恭子・石塚治
島の未来を考える……湯本貴和

[コラム]
法制度からみた日本の離島と小笠原諸島……山上博信
小笠原諸島を外来種から守るには……大河内勇
固有昆虫の保全からみた島民と研究者の協働作業……苅部治紀
原生自然環境保全地域としての南硫黄島の重要性……加藤英寿
小笠原へのアホウドリ再導入計画……出口智広
言語科学からみた小笠原ことばの「意義」……ダニエル・ロング
島に新しい科学を……大前純一

写真は,「小笠原諸島最北端の針ノ岩とカツオドリ」2008年7月12日撮影




  

Posted by bonin at 04:27Comments(0)小笠原資料

2011年05月01日

小笠原古謡「レモン林」のカボボについて


パラオ国立博物館附属図書館には,南洋庁の作った白表紙『南洋群島島民旧慣調査報告書』が死蔵されています(写真撮影は2007年9月12日)。
3月にパラオを再訪問したときに,もう一度内容を仔細に読んできました。
前回は刑事に関する調査報告、今回は民事に関する調査報告です。

改正前の旧民法765条に関する調査につき,南洋庁法院柳田太郎判事が旧ポナペ本島で取り調べたナット村村長パラリーノ(65歳)の供述において,

婚姻という言ふ語はポナペでは「カポポオト(Kapo Pout)」と言ひます。これは正式の結婚でありまして,野合に付いては「ケリリ(Keriri)」と申します。

と言う供述がありました(217ページ以下)。
以下、
「肉交があったとしても、必ずしも夫婦約束をせねばならぬとは限りません」
「夫婦約束をせなんだ場合は、前に申した「ケリリ」の関係に終わるのであります…損害賠償や慰謝料等の要求を為すことはありませぬ」
と詳述しています。
同時に村長は「婚姻の成立を「ケイ,ヱン,ポポウト(Keien Popout)」」と説明しています。


同様の供述は,南洋庁法院松野祐裔(まつのすけすえ)判事の実施した取調べにおける供述にも出てまいります。

婚姻の儀式を,「ケーチ・カポポウト(Keiti Kapopout)」と言い,Keitiは油を塗る,Popoutは配偶者を指すと言う話が見出だされます(398ページ)。

そうしますと、レモン林の歌詞のなぞである「カボボ」は正式な結婚をすると言う意味という推測ができます。

レモン林4番
平和になったら
二人はカボボしてでね
新婚旅行は
父島へ行きましょう

大浜勝彦さん採譜「レモン林」

過去記事:
2009年12月24日南洋群島島民旧慣調査報告書
古謡「レモン林」について
2009年05月15日レモン林で会いましょう〜東京 小笠原諸島〜
2008年11月22日レモン林に新事実!

2007年04月10日小笠原古謡調査速報!

2007年04月10日小笠原古謡がパラオにも!

2007年04月11日「レモン林」ならぬ「レモングラス」

パンケーキの「レモン林」(試聴可)

リングリンクスの「レモン林」

エンジョイ!島ライフ「レモン林」

2011-04-26 22:02:28 『レモン林』@yukidaisuki-0831さんのブログ

TV 小さな旅「レモン林で会いましょう」小笠原@おがししょ

レモンの林@bongokidの音楽コラム  

Posted by bonin at 00:52Comments(0)小笠原資料

2011年03月23日

かなり重要!コロールの五丁目の歌詞


コロールで「KORORUNO」という歌の歌詞を見つけました。
詳細帰国後。
出典は,パラオの日刊紙「Tia Belau」出版物,『Chelitakel 'R Belau』(パラオの歌の歌詞集)
Volume2,p.49より

実はかなり興奮してます!!

KORORUNO

1 KORORU NO KOTSTIOMENI IRU, KAWAII
MUSUMESANG DOTEMO KAWAII, ENGAODE,
KOKUNGA NIRAMU KOTOKIWA SHIOTOWA RA U,
KAOSTSKI DE, NAMBA KA, KAZUKAZII.

2 UKI AU, ANOTOKORO DE, HANAZI TE MITA II, T
OKORO NGA AWU, TOKINIWA, HANAZI NGADE,
KIMAASENGUU, KIMI NOKOKORO, DKENGA, BOKUNI,
SIRITAINA

3 DOKINOKI ANATA SAMANGA, DOKA E YOKU TOKI,
KESIOBA KARI, KIAMAINGA, SONOU SIRO, KOSINIWA,
MITADA KEBE, HONTO NI MERUMI, MERA RENA II

従前から聞き及んでいた歌詞や小笠原の「パラオの五丁目」から推測するに,以下のような歌詞だと思われます。

1 ころーる の ごちょうめに いる,かわいい
  むすめさん とても かわいい, えがおで,
  ぼくが にらむ ときは ちょっとわ ら う,
  かおつきで で, なんだ か, はずかしい。
 →(コロールの五丁目にいる,かわいい娘さん,
  とてもかわいい,笑顔で,ぼくがにらむときは,
  ちょっと笑う顔つきで,なんだか,はずかしい)

2 ゆき あう, あのところ で, はなし て みた いい,
  ところ が あう, ときには, はなし がで,
  きませんん, きみ のこころ, だけが, ぼくに,
  しりたいな。
 
 →(行き逢う,あの所で,話してみたい
   ところが,会うときには,話ができません。
   君の心だけが,ぼくに知りたいね)

3 ときどき あなた さまが, どっか へ ゆく とき,
  おけしょ ばかり, じゃないが,そのう しろ, こしには,
  みただ けで, ほんと に ねるに,ねら れな いい。
 →(ときどき,あなた様が,どっかへ行くとき
   お化粧ばかり,じゃないが,その後ろの腰は,
   見ただけで,ほんとに,寝るに寝られない)

もう寝るに寝られないです!!
  

Posted by bonin at 02:42Comments(0)小笠原資料

2010年10月10日

小笠原丸など留萌沖三船殉難事件

小笠原と言えば,「おが丸」ですが,戦前には,小笠原に海底ケーブルを敷設した逓信省の小笠原丸という船がありました。

この船は,終戦に際し,樺太在住の逓信省職員(豊原逓信局やJCほか多数の局所がありました)の緊急疎開のために
回航されたのですが,留萌沖で潜水艦に攻撃され沈没しました。
相前後して,「第二新興丸」や「泰東丸」も撃沈され「三船殉難事件」として知られています。

映画『樺太1945年夏氷雪の門』で,小笠原丸が,電話交換手の自決当日(1945年8月20日)に留萌沖で魚雷攻撃を受け,絶望するシーンがありました。
そこで,もう一度確認しました。

三船で1708名の殉難者が出たとされ,今夏,慰霊追悼と平和を願うコンサートが札幌で開催されたそうです。
1708プラス実行委員会オフィシャルサイト
三船殉難事件や上記コンサートについては,水中写真家田中正文さんが,熱心に取り組んでおられます。
三船殉難慰霊追悼コンサート 水中コンサート実施報告

小笠原丸 デジタルミュージアム インターネット博物館 産業近代化遺産 三輪祐児

「小笠原丸」「第二新興丸」「泰東丸」の慰霊碑などについて ↓
留萌・増毛・小平の旅

留萌駅に着いて、「樺太引揚三船殉難者慰霊之碑」
増毛町には、町営墓地に「小笠原丸殉難碑」
小平町の鬼鹿海岸に重要文化財の鰊番屋「旧花田家番屋」があります。鬼鹿沖で泰東丸が沈められたのが午前9時55分ですから、泰東丸からはこの鰊番屋が見えたはずです。…「三船遭難慰霊之碑」




  

Posted by bonin at 20:59Comments(0)小笠原資料

2010年10月06日

復帰前の小笠原法令集


占領時代の小笠原法令集表紙(真ん中のイラストは返還前の小笠原の「国旗」)
国立公文書館デジタルアーカイブ収録の「小笠原諸島の復帰に伴う法令の適用の暫定措置等に関する法律案」(請求番号本館-4A-029-00・平15法制00026100,マイクロフィルムリール番号:000800、開始コマ:0312)画像353/608より
  

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2010年09月19日

面白い!楚洲に関する金城報告


金城達也さん(糸満市出身・北海道大学大学院文学研究科博士課程)の楚洲の研究は、実に面白い!と思いました。
ポスター発表「沖縄・やんばる地域における環境保全と社会の多様性−沖縄県国頭村楚洲集落を事例として−」というものです

楚洲は、奥と安田の間に挟まれた地理関係になります。
マービウミ(サンゴ礁(イノーとそのちょっと沖)に住み着くマービが採れる豊かな海)に支えられて暮らしが営まれているそうです。


金城さんは、調査の結果、
・お魚の漁獲・分配・贈与をめぐっては、「あいまいさ」と「ゆるさ」によって社会関係が築かれ、集落にとって重要な資源が維持されてきた。
・楚洲集落では、メンバーシップも曖昧な、規範としてはルーズな自然とのかかわりが集落内外を含めた社会関係を築いてきた。
という2つの考えに至ったそうです。

具体的には、自然との関わりにおいて
1・メンバーシップ(漁獲に参加する人)
日によって違う、ある程度決まっているが、きっちり決まっていない。
2・漁獲物の分配・贈与
浜辺で行う分配の仕方の「ゆるさ」
3・「ざっくばらん」な関係
メンバーシップの「あいまいさ」や規範意識の「ゆるさ」によって特徴づけられる自然との関わり方が、直接自然と関わりを持たない人々にとってもゆるやかな社会関係を築く要因となる。
と指摘しています。

うちなーんちゅらしい視点で、地域の暮らしをうまく捉えた報告だったと感じました。

私としては、天災や外敵が来たとき、あるいは法的な紛争が起きたときにどんな対応をしてきたのか、という点は実に興味のあるところです。  

Posted by bonin at 15:56Comments(0)小笠原資料

2010年09月19日

首都大学東京島嶼共生系学際研究環ポスターセッション


地域環境学ネットワーク設立記念シンポジウムにおいて、首都大学東京から可知直毅教授(理工学研究科教授(小笠原研究委員長・島嶼共生系学際研究環代表))と沼田真也准教授(都市環境科学研究科観光科学域)により「島嶼共生系学際研究環」について発表がなされました。



この際、可知代表より掲載するに適切なデータに加工して頂いたポスターを転載させて頂きます。  

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2010年09月19日

父島エコツーリズムガイドと研究者の関係性〜山菅報告


予行演習してみてよ、と首都大学研究委員会の可知委員長の一言で、ポスターセッションの練習が始まりました。
シンポジウムの休憩中のことです。

首都大学東京都市環境科学研究科観光科学域大学院生の山菅香さんのポスターセッションの練習なのですが、ギャラリーが沢山来ました。

可知先生、タイミング抜群!

ポスター発表は、
「エコツーリズムにおけるガイドと研究者の関係性−東京都小笠原村父島を事例として−」

ポスターの説明をきいたところ、背景や既往研究の紹介に始まり、研究目的と方法と対象地を小笠原父島に選んだこと、研究者のアウトリーチ活動からガイド及び観光業関係者へのインタビューとその結果の紹介、そして考察という順で簡潔にまとめられています。

インタビューをした結果、研究者に対しては、概ねポジティブな評価をしているようですが、研究者の倫理に対しては、ネガティブな見方は多いという考察も述べられました。

一見(いちげん)さん研究者によるいわゆる「荒らし」だけでなく、例えば、おが丸の中で調子に乗って酒に酔って悪ふざけすることなども含まれるのではないでしょうか?  

Posted by bonin at 01:09Comments(0)小笠原資料

2010年09月18日

地域環境学ネットワークシンポ参加


研究者は、地域にやってきてデータだけ採って帰るだけになっていませんか?

研究者も、専門に閉じこもらず、現場では、有り体でいることが重要。溝にはまったじいちゃんの軽自動車を助けてあげるだけで存在感がある。

一枚岩でない、多様な利害が絡む地域に理解を得るとはどういうことか。

若い研究者が、相手のある問題解決に粘り腰で取り組むには。路頭に迷わせることにならないか。

兼業農家があるように、兼業研究者があってもいいんじゃないか?

地域環境学ネットワーク設立記念シンポジウム
 −地域の環境保全と持続可能な発展に役立つ科学を求めて−
   http://www2.nagano.ac.jp/sato/symposium2010/

に参加しました。

シンポジウム第1部 (9月18日 14:00〜18:30)
「地域に役立つ知識とは? ― さまざまな研究のありかた」

島嶼、山村、都市…。
地域の問題を解決しようと積極的に活動する研究者や技術者、地域の関係者の切れ味鋭い報告で大変力付けられました。

松田裕之氏(横浜国大)の「訪問型研究者と地域−受け入れられ活用される私になるために」
と題した研究報告は、極めて戦略的で、実に勉強になりました。


パネルディスカッションのコメンテーターとして秋道智彌氏(総合地球環境学研究所)が発言、豊富な知識に基づく適切なまとめが述べられました。  

Posted by bonin at 17:50Comments(0)小笠原資料

2010年09月15日

地域環境学ネットワークシンポ開催

長野大学環境ツーリズム学部の佐藤哲先生が代表者となって「地域環境学ネットワーク」が立ち上がりました。
このネットワークはJSTの「地域主導型科学者コミュニティの創生」プロジェクトが核になっています。

このネットワークの設立記念シンポが9月18〜19日に、大阪学院大で開催されます。

地域環境学ネットワーク設立記念シンポジウム
 −地域の環境保全と持続可能な発展に役立つ科学を求めて−
   http://www2.nagano.ac.jp/sato/symposium2010/

このシンポで、首都大学の島嶼共生系学際研究環の活動を紹介するポスター発表を準備中です。
当日は、首都大の小笠原研究委員会も可知委員長と観光学域の沼田真也さんのおふたりで発表の予定です。
発表ポスターは、発表期日以降このブログでもご紹介予定です。

なお、日本島嶼学会関係者の報告は、

シンポジウム第1部 (9月18日 14:00~18:30)
「地域に役立つ知識とは? ― さまざまな研究のありかた」
におけるパネルディスカッション
コメンテーター:秋道智彌(総合地球環境学研究所)

シンポジウム第2部 (9月19日 13:00~17:30)
「地域で活躍するネットワーク  ― 意見や価値観の違いを超えた協働」
における報告者
神田優(NPO法人黒潮実感センター) 「住み着くということ ― 里海に対する誇りと愛着」

のお二方が登壇されます。

特に、神田さんは、三宅島に引き続き連投でご苦労様です。
秋道さんは、私を10年前に民族学に誘って下さったというご縁があります。
  

Posted by bonin at 21:47Comments(0)小笠原資料

2010年06月05日

渡辺崋山をたずねる


愛知県美術館で「田原市博物館の名品による渡辺崋山展」が開催されています。
蛮社の獄で捕らえられた田原藩家老の渡辺崋山(わたなべ・かざん)と小笠原の縁,ご存知ですか?
詳しくは,田原市博物館のHP「崋山の生涯」をご覧下さい。
蛮社の獄について,前記HPから抜き出してご紹介します。

 蘭学の進出は儒学の信奉者が多い幕府役人にとって目の敵であり、目付鳥居耀蔵もその一人で、江戸湾測量で江川坦庵に敗れて以来、蘭学者の弾圧を狙っていました。幕府は、鳥居の密偵によって崋山らの無人島渡航計画の噂を知り、天保10年5月、崋山、高野長英ら10数名を捕らえました。渡航の罪は晴れたものの、崋山は机底から見つけられた「慎機論」、長英は「戊戌夢物語」が幕政批判という重罪となり、崋山は、在所田原へ蟄居、長英は永牢となりました。

この無人島こそ小笠原のことだったのです。

ちなみに,渡辺崋山は,三宅坂の田原藩邸すなわち,今の最高裁判所のある場所で生まれたんだそうです。
今度,最高裁に行ったら注意して記念碑を見てきます。
  

Posted by bonin at 23:35Comments(0)小笠原資料

2010年04月21日

へ〜っ!エルドリッヂがマリーンで!


公開シンポジウム「小笠原諸島の言語・歴史・社会」の報告
このHPに大きく出ている写真,10年前の小笠原での研究会の写真です。
首都大学のロングさんのHPです。
後列右端ひときわ大きく目立つのがロバート・エルドリッヂさんで,対角線で前列左端が私(山上博信)。

在沖米海兵隊外交政策部次長にロバート・エルドリッヂ氏
2009年9月28日
 沖縄駐留米海兵隊の外交政策部ナンバー2である次長に、大阪大准教授(日米関係論)のロバート・エルドリッヂ氏(41)が28日付で就任することが27日、分かった。

へー!!
彼が沖縄のマリーンに就職たんだ。

その上,こんな話があるんだ…  ↓
2010年03月29日はごーさよ@SHINAKOSAN IS OKINAWANのコメントより
ホワイトビーチから津堅島方向へ埋め立てる案というのは聞いていたけれど。
報道では、ちっとも移設案の具体的な中身が見えてこなかった。
このどさくさに紛れて、巨大公共事業をでっち上げようとしているヤツが居るらしい。
いつまでも古臭い体質・体制が抜けないねぇ。・・・
一体全体、移設案って誰がどこで決めてるんだろ?

リンクを辿って、元記事を読んでみました。
提案者は、沖縄商工会議所の太田範雄名誉会頭。
もともとは、在沖米海兵隊外交政策部次長を務めるロバート・エルドリッジ氏の構想らしい。
こうした構想や提案に平野官房長官が飛びついたのかな?
県民は概ね県内移設にずっと反対であったのに、選挙結果や政治状況は県内移設容認が長く続いてきた。


彼のHP(ロバート・D・エルドリッヂのホームページ)を見てみると,たくさんの論文が書かれていることがわかりますよね。
確かに,彼は,防衛大学校校長の五百頭旗さんのお弟子さんで,軍事にはよく親しんだ人だったんですが,
彼がホワイトビーチ案,起案したのかな???

あ,あるある!エルドリッヂがSpecial Policy Recommendation緊急政策提言と強調している論文「沖縄の基地問題への実効性のある、包括的かつ長期的な解決および日米同盟の真の強化へ」(PDFファイル)にはっきりと普天間飛行場,牧港補給地区,それに那覇軍港に那覇基地みんな移転先に与勝へと書いてますね。

冒頭引用した表が,この提言に掲載されていたものなんです。
ありゃま〜…  

Posted by bonin at 04:53Comments(0)小笠原資料

2010年04月08日

小笠原復帰暫定措置法の原稿


こんな時間に息抜きで調べていたら、えらいもん見つけてしまいました。
小笠原諸島の復帰に伴う法令の適用の暫定措置等に関する法律(1968年法律第83号)の原案、それも原稿です。
国会で可決成立したものとはずいぶん内容が異なります。
BITCの扱いにまで言及しています。
おって、精査し、解説したいと思います。
  

Posted by bonin at 04:00Comments(0)小笠原資料

2010年04月05日

アルセニオ・ニコラスさんに南洋踊りを見てもらう


みんぱくで勉強をするついでの楽しみに職員食堂での出会いがある。

今日は、みんぱく外来研究員でフィリピンの音楽考古学者アルセニオ・ニコラスさん(フィリピン大学音学部上級講師)との出会いがあった。

先生は、ウチナージラーしていたのだが、本当のピリピノでした。

さっそく、南洋踊りの動画を見てもらったら、フィリピンには似たものはないねぇ、オセアニアのほうじゃないのか?との感想が。

アンガウルを過ぎるとトビ、ソンソロール、それからフィリピンになるわけで、南洋踊りはやっぱりミクロネシアが起源なんでしょうね。
  

Posted by bonin at 13:55Comments(0)小笠原資料

2009年12月29日

京大研究会@横浜国大


27日午後,横浜国立大学の研究室をお借りして,京都大学地域研究統合情報センターの研究会が開催されました。
①最初は,首都大学東京で小笠原研究委員長務める可知直毅さんに「島嶼共生系」に関する研究報告をしていただきました。

これは,2009年10月10日に伊豆大島で開催された首都大学のワークショップでの議論を展開されたものです。


②続いて,当日のお世話を頂いた日本島嶼学会理事の長谷川秀樹さんに,ご自身のフィールドであるコルシカ島を例題に地中海島嶼地域とEUの関係をお話いただきました。
長谷川さんといえば,学術研究でルイ・ヴィトンから賞を受けた優秀なフランス研究者であり,コルシカ研究の第一人者です。
日本島嶼学会のニュースレターは一手に長谷川さんの手による編集作業にかかっており,いつもご迷惑をかけています。

今回の出張で長谷川さんを見直した点は,いわゆる「在パリ・コルシカ郷友会」の会員になっており,政治や国際関係論だけでなく,音楽やコルシカ方言などにも大変詳しく,「猛烈なコルシカ・フリーク」であるという点です。
彼のコルシカのお話は,もう10年以上聞いてきたつもりですが,こじんまりした場での研究報告で彼のよさがもっとよくわかりました。
  

Posted by bonin at 00:49Comments(0)小笠原資料

2009年09月26日

SCAPIN第677号

敗戦に伴う行政分離に関する連合軍再考司令部の訓令を掲載しておきます。
研究調査ではよく使われる資料ですね。

連合軍最高司令部訓令(SCAPIN)第677号 1946年1月29日

1  日本国外の総ての地域に対し、又その地域にある政府役人、雇傭員その他総ての者に対して、政治上又は行政上の権力を行使すること、及、行使しようと企てることは総て停止するよう日本帝国政府に指令する。

2  日本帝国政府は、巳に認可されている船舶の運航、通信、気象関係の常軌の作業を除き、当司令部から認可のない限り、日本帝国外の政府の役人、雇傭人其の他総ての者との間に目的の如何を問わず、通信を行うことは出来ない。

3  この指令の目的から日本と言ふ場合は次の定義による。
 日本の範囲に含まれる地域として
 日本の四主要島嶼(北海道、本州、四国、九州)と、対馬諸島、北緯30度以北の琉球(南西)諸島(口之島を除く)を含む約1千の隣接小島嶼
 日本の範囲から除かれる地域として
 (a)欝陵島、竹島、済州島。(b)北緯30度以南の琉球(南西)列島(口之島を含む)、伊豆、南方、小笠原、硫黄群島、及び大東群島、沖ノ鳥島、南鳥島、中ノ鳥島を含むその他の外廓太平洋全諸島。(c)千島列島、歯舞群島(水晶、勇留、秋勇留、志発、多楽島を含む)、色丹島.。

4  更に、日本帝国政府の政治上行政上の管轄権から特に除外せられる地域は次の通りである。
 (a)1914年の世界大戦以来、日本が委任統治その他の方法で、奪取又は占領した全太平洋諸島。(b)満洲、台湾、澎湖列島。(c)朝鮮及び(d)樺太。

5  この指令にある日本の定義は、特に指定する場合以外、今後当司令部から発せられるすべての指令、覚書又は命令に適用せられる。

6  この指令中の条項は何れも、ポツダム宣言の第8条にある小島嶼の最終的決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈してはならない。

7  日本帝国政府は、日本国内の政府機関にして、この指令の定義による日本国外の地域に関する機能を有する総てのものの報告を調整して当指令部に提出することを要する。この報告は関係各機関の機能、組織及職員の状態を含まなくてはならない。

8  右第7項に述べられた機関に関する報告は、総てこれを保持し何時でも当司令部の検閲を受けられるようにしておくことを要する。

独立行政法人北方領土問題対策協会ライブラリーから引用  

Posted by bonin at 02:55Comments(0)小笠原資料

2009年09月26日

第7回公開@外務省記録マイクロフィルム

外務省記録マイクロフィルム検索簿 第7回公開分
門:B'門
類:講和会議及び条約対日平和条約関係
項:対日講和(雑)
目:0目
対日講和に関する本邦の準備対策関係
号:12 領土問題(人口、国籍問題を含む)

自     至     細目        リール/コマ番号
S21.12 S30.6  目次        B'-0010/735
S21.12     1.小笠原群島、硫黄列島 B'-0010/0
S21.12     2.大東島、南鳥島、沖の島 B'-0010/0
S21.12     3.樺太 B'-0010/0
S21.12     4.国籍問題 B'-0010/0

国籍問題のリールは一部非公開があります。
  

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2009年09月22日

1932年頃の小笠原航路

国立公文書館アジア歴史資料センターの資料から,小笠原研究者,鉄ヲタ,国鉄バスマニア,郵政事業研究者にとっては大変意義の深い資料を見つけました。

件名標題(日本語) 各種調査会委員会文書・交通審議会書類・二参考書類
階層 国立公文書館>内閣>各種調査会・委員会文書>各種調査会・委員会文書(前半)>各種調査会委員会文書・交通審議会書類・二参考書類
レファレンスコード A05021137700
記述単位の年代域 昭和8年9月
規模 305
組織歴/履歴 内閣||交通審議会||内閣

305ページの大きなものですが,一日見ていてもあきません。

さて,小笠原関係の重要な資料をかんたんにご紹介します。

昭和8年度「国庫補助地方庁命令航路調」(148/305丁以下)
これの154/305丁以下に,小笠原関係航路が列挙されています。

東京府小笠原島線 これは,順当に小笠原の歴史によく出てくる 芝罘(ちーふー)丸(1829トン,近海郵船) 横浜始発(不定期に東京まで延長)

※近海郵船は戦後,東海汽船と共同で出資して小笠原海運を設立。

興味深いのは,小笠原諸島内の命令航路です。

東京府小笠原島各離島線
 父島聟島線 昭運丸(10トン,浅沼丈之助) 父島二見港~嫁島~聟島南浜
 父島弟島船 以知丸(3トン,浅沼丈之助) 父島二見港~弟島黒浜
  ※兄島は行かなかったのか?便宜寄港したのか?
 父島,母島,硫黄島線(36トン,臼井靖児) 父島二見港,母島北港,同沖港,北硫黄島,母島沖港または硫黄島
  ※臼井靖児さんどなたかごぞんじですか?
 母島姪島線正衛丸(4トン,前田衛)母島沖港~姉島北浜~妹島北浜~姪島西港
  ※前田商店の前田さんですよね?

その次が,播淡連絡汽船,阿淡連絡汽船,佐渡汽船と,国鉄連絡航路でなじみの深い航路と船名が続きます。

続いて,逓信省管船局所管の「昭和7年度地方費補助航路施設調」(158/305丁)になります。
163/305丁に,芝罘丸 東京~横浜~八丈島~小笠原島父島~母島沖港

187/305丁に,「本邦沿岸定期航路調」(逓信省管船局とりまとめと思われる)とあり,
193/305丁に,東京逓信局管内関係で,
横浜小笠原線として,芝罘丸が出てきます。
航路は,往復東京延長,横浜母島沖港間年10回往復,八丈島,小笠原,父島,復航年6回,
母島北港に寄港,横浜硫黄島間年6回,八丈島,小笠原父島,父島,母島北港,北硫黄島寄港,
但し母島北港は,復航4回北硫黄島毎往航,鳥島及び青ヶ島往復4回,南硫黄島年1回寄港
とあります。
 ※JTBの復刻版の戦前の時刻表には,南硫黄島まで,各港間の運賃設定があったと記憶しています。






  

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2009年08月20日

琉球は「併合」だった

同じくアジ歴資料から

「分割1」なんてタイトルなので,見落としてしまいそうです。
1933(昭和8)年の外務省条約局の見解では,琉球併合があって,韓国併合がありました。

件名標題(日本語) 分割1
レファレンスコード B04120001900
作成者名称 外務省条約局
記述単位の年代域 昭和8年10月
内容
国家ノ分離併合ニ関スル先例 国際法先例彙輯 (1) 昭和八年十月調 国家併合 外務省条約局
機密 国際法先例彙輯 (1) 昭和八年十月調
目次
一、帝国ノ為シタル国家併合ノ事例
其一、琉球併合(慶長十四年―明治二十八年) 一頁
其二、韓国併合(明治四十三年―明治四十四年) 二三
二、外国ノ為シタル国家併合ニ関スル事例
其一、アメリカハワイ併合ニ対スル帝国政府ノ措置(明治二十六年―明治三十一年) 四三
其二、ベルギー「コンゴー」併合ニ対スル帝国政府ノ措置(明治四十一年) 五一
附録
第一号 韓国併合ニ関連スル帝国政府トアメリカ、フランス、イタリア、ドイツ、イギリス各国政府トノ往復文書 五七
第二号 韓国併合ニ関連スル国内法令 一四三   

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